今日は少し思い出話を書こうと思います。
最近、E3(ロサンゼルスで開催されるコンピューターゲーム関連の見本市)の話題で賑わってたり、自分自身もゲーム版「タイタンの戦い-CLASH OF THE TITANS-」に関ったこともあって、この辺りでもう一度思い出しておこうかなと、ふと思い立ちました。
写真撮影日時や、発売日等からするとおそらく2002年の前半だったと思うのですが、「ティアリングサーガ ユトナ戦記」で大変お世話になった音楽プロデューサーの兼松光さんから、財津和夫さんの名曲の数々を映画音楽風に編曲したアルバム「ZAITSU SONGS~CINEMATIC~」へのアレンジャー参加のお話をいただき、初めてロサンゼルスにオーケストラ録音に行きました。
当時、私はゲームメーカー所属の作曲家でありましたが、大学時代から指揮の榊原栄さんのアシスタント(主に編曲のお手伝いで現場にはあまり出ていませんでした。榊原さんは指揮だけでなく作編曲でも非常に素晴らしい方だったので、その場でササッと修正など全部ご自分でこなされていて私が出て行く必要がなかったというか、本番を見に行けば出来ている状態だったのです...今思うとあの時ちゃんと出て勉強しておけばよかったと後悔するばかり...)で譜面の仕事はしていました。が、生録まるまるを受けた経験は全く無く...でも、ありがたくも写譜屋さん、インペグ屋さん等々、全て兼松さんサイドでやっていただき、私自身は自曲と立ち会えなかった他の方の音チェックくらいのお仕事というとても贅沢な状況でご一緒させていただきました。
録音自体も素晴らしかったのですが、実はもう一つ大きな出会いがありまして。
当時から今でも、楽曲がハリウッド映画の予告編で多数使われてたり、AFC、NFL、MLB等のテーマを担当した「E.S.Posthumus」との出会いです。
活動が謎に包まれているので詳しいことは書けないのですが、彼らの仕事の話やアルバムを聞いて、いつか自分達もこういう音作りをしたい...と、そのころはまだおぼろげながら思いました。
そして、彼らとの出会い以外にも様々な方との出会いがあり、こういう世界があるんだ、またいつかここに来れればと、おそらくその時は決意のようなものをしていたと思うんです。
年月が経ち、ゲームだけでなくいろいろなジャンルのお仕事に関らせていただき、それと同じくして生オーケストラのお仕事からも離れて(大変残念なことに榊原さんは2005年の8月に59歳の若さで亡くなられました)いくうちに当時のことを忘れかけていました。
その間もいわゆるオケものは書いてはいたのですが、何か自分的にいまひとつ抜けきれないところがあって、その時に再び聞き出したのが「E.S.Posthumus」の「Unearthed」。
そして、本当に今更なのですがその頃から映画のサウンドトラックをちゃんと聞くようになりました。
なんとなく有名な映画のテーマ曲程度は知っていたのですが、今思うと当時すでに劇伴を書いていたのにほとんどちゃんと聞いていなかったことの方が恥ずかしい、というか驚きですよね... ...(滝汗)
とにかく、まずは自分の好みのものから聞いてみよう... ...といろいろ聞いてみたところ、Harry Gregson-Williamsさんの曲がしっくりくることが判明(笑)。手に入りそうなサウンドトラックを片っ端から買って聞きました。
そんな感じで名前を見ると聞いてみたい!と思う作曲家さんは、Harryさんをはじめ、Alan Silverstriさん、Danny Elfmanさん、Harald Kloserさん、Howard Shoreさん、James Newton Howardさん、John Debneyさん、Steve Jablonskyさん、Tyler Batesさんあたりでしょうか。
新しい人がどんどん出てきているので、もっと探せばたくさんいらっしゃるとは思いますが。
... ...と、そのうちにありがたくもゲーム版「タイタンの戦い-CLASH OF THE TITANS-」の主にムービー部の楽曲制作のお話をいただき、原作はもちろん有名な映画であり、映画の雰囲気を損なわないようなものをあげなくてはいけないというプレッシャーも大きかったのですが、日本人でいながら向こうの音楽にどれだけ近づけることができるかを試すにはまたとないチャンスかも、もうこれまで自分なりに吸収したことを出しきるしかない、という意気込みでのぞみ本日発売にこぎつけました。
それと並行して、ロサンゼルスを行き来する作曲家さん、プロデューサーさん、またロサンゼルスに長年活動していて拠点を日本に移した作曲家さんのお話を聞くうちに、やっぱり自分ももう一度ロサンゼルスに行きたい!!と強く思うようになりました。
そうなるためにはいろいろとやらなければならないことが山積みなのですが(汗)
夢の一つとして、これからも掲げていけたらと改めて思ったのでありました。
当時、バタバタしていてほとんど写真が残っていないのですが、泊まったホテル(ステューディオ?)とUSJ(笑)



































































































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