2005年8月11日、59歳の若さで他界された指揮者・作曲家の榊原栄さんを偲び、8月14日横浜みなとみらいホールで「ドラマチック・アバラチック・コンサート」が開催されます。
「ドラマチック・アバラチック・コンサート 〜榊原栄さんと再び一緒に〜」専用ブログ
私が榊原栄さんとお会いすることになったきっかけは、大学2年の頃に、このコンサートにもご出演予定であるヴァイオリニストの萩野恵美子さんから「知人がオーケストラ編曲の出来る人を探していているんだけど...」と相談を受け、今考えると若かったんだなぁと思うのですが... ...実はその時いわゆるイベントやコンサート等などの生オーケストラ編曲の経験は一度しか無く、また、その頃の自分は生オケより打ち込みに傾倒していて、打ち込みのオケ(いわゆるSC-88、1台で作っていたようなのですね。通信カラオケ全盛ということもあり...)はやったことあるしと思いつつ、気軽に「うん、やる」と言ったことが始まりだったと思います・・・(汗)
すぐに榊原さんご本人が連絡を下さり、更に「たのみたいのがあるんだけど...」で、人生二度目の生オーケストラ編曲をした、と記憶しております。
一番最初に何の曲をやらせていただいたのかすっかり忘れてしまいましたが、その後、主にミュージカル曲やディズニー、映画音楽など、丸ごと編曲の場合もあれば、編成替えのみというものもありました。J-pop等の歌ものをオーケストラ用にするというのもありましたね。
その人生二度目の生オケ編曲は、こちらの力量をご存知ない(何かデモを渡す等なくいきなりだったので)のに仕事を振って下さって大丈夫なのかなぁと相当心配に思いつつ、とにかくやってみるしかない、と試行錯誤しながら仕上げ提出。移調譜も管弦楽法片手にヒーヒーいいながら書いてました(汗)
当時は譜面ソフトもあまり普及しておらず、ましてやメールやサーバーで...なんてことも無かったので、手書きの譜面をFAXで送信。
おそらくはさんざんな譜面だったじゃないかな〜と思います。なぜおそらくかというと、私も初めてのお仕事ということで、こちらからどうでしたか〜?と伺うのも気がひけて、何か問題があれば連絡があるかも...くらいに考えていたのです。
しかし、特にここを修正ということもなく本番の日付に。地方公演ということもあり現場に伺えず出来もわからず...
あー、もう次は無いかなーと思っていたところ、またご連絡が。このタイミングなら聞ける、とおそるおそる、前回の大丈夫だったでしょうか〜?と伺ったところ「あ〜ホルンが高過ぎだったよ、でも直したから大丈夫、弦は書けるみたいだから金管を勉強してみたら」と嫌な顔一つせず明るくおっしゃりました。
榊原さんはご自分でも編曲されるので、私の至らないところを全部直して下さっていたんですね...道理で修正が来ないわけです(といいますか、本番までの時間が無いので修正を返さず、直して下さった、という所でしょうか...)。恐縮しきりでしたが、そのような感じで榊原さんとのお仕事が始まりました。
その頃ちゃんと勉強し吸収すれば良かったと後悔も大きいのですが、当時の私は、前述のように打ち込みに夢中でオーケストラ編曲はアルバイト感覚くらいにしか思っていなかったのです。今の自分だったら全てが何かにつながる、という考え方ができたと思うのですが当時の自分を叱ってやりたいですね...。
私が打ち込みをやっている、ということでマニピュレートのお仕事も何度かいただきました。
榊原さんは、人柄も大変あたたかく気さくでパワフルな方でした。また、クラシック音楽を堅苦しくなく、どんな人でも楽しめるようにということにも常に心を砕いてらした方でした。
発信の手段が増えてきたこの時代にたくさんのアイディアを出されていたのではないかと思うと残念に思います。
本当にもっといろいろなことを学ばせていただきたかったですし、お仕事関係というだけでなく一音楽家として音楽や考え方についてお話を伺いたかったです。
私がこうやってこの道を進んでいける一つに榊原さんとの出会いがあったからと言っても過言ではありません。
思い出に残る仕事をいくつか。
「アニメ交響詩ジャングル大帝〜手塚治虫アニメとオーケストラ音楽〜」
(東京オペラシティタワー開業3周年記念特別チャリティコンサート)
冨田勲さん作曲の「アニメ交響詩ジャングル大帝」なのですが、こちらの譜面がどういう理由か失念しましたが入手できず、、、ということで榊原さんと二人で手分けして(今思うと凄い事ですが)カセットテープ音源から譜起こしし演奏するオーケストラ編成用に編曲しなおしました。この年の夏休みは全てこれで終わった大作でした(笑)映像と合わせたのを見た時は感激しましたね〜。
「厚木市文化会館25周年記念事業〜日本のうた EVER GREEN SONGS〜」
こちらはお仕事としてはポップスや歌謡曲を室内オーケストラ+バンド編成に編曲でしたが内容の充実さもさることながら、練習やリハ後に酸素吸入をしながらも精力的に指揮をこなす榊原さんの凄さ...。このころ相当お悪かったようなのですが、私はまた次のお仕事も指揮をされるんだろうとのんきにも思っていて(それくらいタフに見えました)、入院され、次のお仕事の時に、リハはどうされるんですか、とうっかり聞いてしまって別の方に交代されたことを伺ったのでした。
それくらい、いつものようにまたタフに指揮をされるんだろう...と思っていたの、でした。
と、思い出話が長くなりましたが、
榊原さんと親交の深かった方々による「ドラマチック・アバラチック・コンサート」
是非たくさんの方々に聞いていただきたいです。
何枚か過去の演奏会のチラシが見つかりましたので掲載させていただきます。
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